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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)565号 判決

判   決

東京都目黒区三谷町八四番地

原告

朝日寿満子

右訴訟代理人弁護士

長尾章

吉田稜威丸

奈良県桜井市北新町一丁目二五番地

被告

西村武義

右訴訟代理人弁護士

山下則義

右当事者間の損害賠償事件についてつぎのとおり判決する。

主文

1、被告は、原告に対し金一、二一二、一七三円およびこれに対する昭和三七年二月二六日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の金員を支払え。

2、原告のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用はこれを五分し、その四を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。

4、この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「1、被告は、原告に対し金一五〇万円およびこれに対する昭和三七年二月二六日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の金員を支払え。2、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求原因として、つぎのとおり述べた。

一、原告は、被告が運転し、かつその所有する小型乗用自動車ヒルマン(五―あ―八二五七号)に被告と同乗して大阪に行く途中昭和三五年一月一日午前八時三〇分頃静岡県清水市大和町八番地先国通一号線十字路上(清水駅前)において、右自動車が右方から進行してきた静岡鉄道株式会社の乗合バス(以下静鉄バスと称する)に衝突したために、自己の顔面を前面の窓ガラスにうちつけ、顔面多発性挫創、脳震盪症、右眼失明等の傷害をうけた。

二、右事故によつてうけた傷害によつて原告はつぎのとおり二一二、一七三円相当の損害をこうむつた。

(一)  一、九六〇円 事故当日から同月一二日までの清水厚生病院(清水市寿町一丁目一〇)における入院治療費四一、九六〇円のうち被告が四〇、〇〇〇円を支払つた残金

(二)  一二、〇〇〇円 右入院期間中における附添費その他の諸雑費

(三)  二〇、八八〇円家族等看病人の東京清水間交通費

(四)  四三、一七五円 昭和三五年一月一二日から同年二月二五日まで東京医科歯科大学医学部附属病院治療費

(五)  五六、七一〇円 右入院期間中の附添費その他の諸雑費

(六)  二、〇六三円 退院後右病院通院治療費

(七)  三二、三五〇円 同上通院交通費

(八)  四、八一〇円 日本義眼研究所(東京都千代田区麹町一の四竹工堂ビル三階水島多紀知)通院治療費

(九)  七八五円 同上通院交通費

(一〇)  二二、五〇〇円 十仁病院(東京都港区芝新橋一の一四)整形手術、治療費

(一一)  一四、七四〇円 同上通院交通費

三、原告は、昭和一二年一一月二五日生れの独身の女性であつて、妹が経営する銀座七丁目所在のバー一条の会計係に勤務していたものであり、被告は、銀座交詢社ビルで西村洋装店を営んでいるバー一条の顧客たりし者である。この事故によつて原告が治療等のためにうけた精神的肉体的苦痛は言語につくしがたい程大きかつたが、この外顔面にうけたひどい傷痕は、これ以上整形手術を施してももとどおりにすること殆んど不可能であり、来るべき結婚のためにもまた社会活動のためにも大きな障碍となること明かである。これらの事情を綜合して考えるときは、原告のうけた肉体的精神的苦痛は大きく、その慰藉料は一五〇万円を下らない。

四、よつて、自動車損害賠償保障法三条本文の規定によつて、原告は、被告に対し第三項の損害金二一二、一七三円と前項の慰藉料のうち、一、二八七、八二七円の合計一五〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の後たる昭和三七年二月二六日以降右支払ずみにいたるまでの民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

五、被告の主張第二項および第三項は争う。

本件事故が静鉄バスの運転手の過失にもとずく旨の被告の主張は否認する。右はつぎのような被告の自動車運転上の過失にもとづくものである。すなわち、事故現場は、市街電車が国道一号線上を通つているところであつて、交叉点手前の停留所を発して原告の乗つている自動車と同方向に進行し始めたばかりの時であつたが、被告は、右電車をその左側を通つて追い抜き、静岡鉄道の乗合バスが進んできた道路との交叉点内に進入しようとしたのであつた。しかし、1、原告車の進路のこの交叉点手前には横断歩道があつたこと、2市街電車に遮られて交叉点右方の見透しがよくきかなかつたこと、3、雨上りでアスフアルトの路面が濡れていてすべり易かつたこと等から考えるならば、被告は、1、何時でも急停車の処置がとれるよう減速徐行すべきであつたし、2、交叉点の前方および左右に注意し、安全を十分に確認して進行すべきであつたのである。しかるに、被告は、これらの注意を怠つて漫然五〇粁の速度で交叉点に進行したためにこの事故となつたのである。被告の過失といわなければならない。

被告慰訴代理人は、「1、原告の請求を棄却する、2、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、つぎのとおり陳述した。

一、請求原因第一項の事実(事所の発生)は認める。同第二項のうち原告がその主張のとおり清水厚生病院および東京歯科医科大学医学部附属病院に入院し、日本義眼研究所および十仁病院に通院してそれぞれ治療をうけたこと、(二)、(四)、(六)、(八)、(九)、(一〇)の各出費をしたことは認めるが、その余の出費をしたことは否認する。(一)の清水厚生病院の入院治療費四一、九六〇円は、その全額を被告が負担して支払つたのである。

請求原因第三項(慰藉料)のうち原告が昭和一二年一一月二五日生れの独身の女性であることは認めるがその余の主張は争う。

二、本件事故は、現場十字路において国道一号線を横断するに先立ち一旦停車して横断に支障のないことを確認することを怠つた静鉄バスの運転手の過失によつて起きたものであつて、被告の過失に基くものではない。しかも、被告の自動車にはなんらの故障もなかつたから被告には責任がない。もつとも原告が本件事故が被告の過失に基くとして主張する事由のうち事故の現場が当時雨上りでアスフアルトの路面が濡れていたことおよび被告が注意を怠り、漫然五〇粁の速度で現場交叉点に進入したことは否認するけれども、その余の事実は認める。

三、仮りに被告に責任があるとしても、原告が負傷したについては原告に重大な過失があつたのである。即ち、被告は、原告が運転台で居眠りするときは運転がしにくくなるので再三にわたつて眠らないよう注意したにもかかわらず事故当時居眠りしていたので、事故の瞬間眼を開いたため硝子の破片が眼に飛び込み、眼に傷を負うにいたつたのである。もし、原告が眠つていなかつたならば、本能的に眼を閉ぢ、硝子の破片は、単に外皮にふれたのみで失明に至るような眼傷を与えずにすんだにちがいない。被告の過失という所以である。この点は損害額の算定にあつて斟酌されるべきである。

(立証関係)<省略>

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生)は、当事者間に争がない。

二、原告が前認定の身体傷害によつてうけた損害について審究するに、請求原因第二項(二)、(四)、(六)、(八)、(九)、(一〇)の各出費については当事者間に争がなく、(一)、(三)、(五)、(七)、(一一)の各出費の事実は、(証拠―省略)によつてこれを認めることができる。被告の本人尋問の結果によれば、清水厚生病院入院による費用の全部((一)の一九六〇円を含む)および(三)のうち原告が清水厚生病院から東京医科歯科大学医学部附属病院に転院した時の港タクシー株式会社(清水市末正町二六)に対する自動車賃金一万円は被告が支払つた旨の供述があるけれども、該供述は右認定に供した各資料に照して措信しない。

三、しかして、後記認定の本件事故発生の原因たる諸般の事情(被告の過失を含む)、傷害治療について原告が昭和三五年一月一日から同年二月二五日まで入院し、退院後も通院して治療につとめても右眼失明に終つた事実、当事者間に争がない原告は昭和一二年一一月二五日生れの未婚の女性である事実に、(証拠―省略)によつて認めることができる(1)いかに整形手術を施しても右眼の失明等によつてうけた原告の容貌の変化は、もとに返すことが困難であること、(2)、被告は右眼失明ときまつた時はシヨツクをうけ、「死にたい」とまで口走り、結婚の希望をうしなうに至つたが、いまは気をとりなおし、美容師として身を立てるため現に美容学校で修業につとめていること、並びにこれらの諸事情から当然予想される原告の生活上の不便不自由に想をいたすならば、原告が本件傷害によつてうけたまたはうけるであろう肉体的、精神的苦痛は甚だ大きいというべく、これが慰藉料として被告が原告に支払うべき額は金一〇〇万円をもつて相当と認める。

四、被告主張第二項の事実(責任原因)については、(1)、事故現場が当時雨上りでアスフアルトの路面が濡れていたことおよび(2)被告が注意を怠り漫然五〇粁の高速度で現場交叉点に進入したことを除くその余の点は当事者間に争がなく、右(1)の事実は被告の本人尋問の結果によつて、(2)の事実のうち、被告が五〇粁位の速度で現場交叉点に進入したことは成立に争のない甲第二、第四号証の記載によつてこれを認めることができる。当法廷における被告の本人尋問の結果中交叉点進入の場合の速度が四〇粁であつた旨の供述は俄かに信用しがたい。しかして、右に認定した諸事実(争のない事実を含む)を綜合して考えれば被告は、本件事故現場たる交叉点に入るに先つて1、何時でも急停車の処置がとれるように減速して徐行すべきであつたし、2、もし交叉点の右方に注意したならば、静鉄バスの進行に気付き、停車の措置をとることになつて本件の衝突事故を未然に避けえたはずである。しかるにことのここに至つたのは、静鉄バス運転手が注意義務を尽したか否かはともかく被告において交叉点の右方に対する注意を怠り停車の措置をとらなかつたことの結果という外はない。被告は自己の過失でなく、専ら静鉄バスの注意懈怠に基因する旨主張するけれども、この主張はとらない。そうしてみると、他の免責事由について判断するまでもなく、被告は、原告に対し原告がうけた身体傷害による前認定の損害について自動車損害賠償保障法三条本文の規定により賠償の責を負うものといわなければならない。

五、被告の過失相殺の主張について考えるに、原告および被告の各本人尋問の結果によれば、本件衝突事故発生の時まで原告が被告の運転席の左側で居眠りをしていたことを認めることができるけれども、運転者ならばともかくとして、自動車の乗客が居眠りしてはならぬという道理のあるべきわけがないから被告の該主張は採用することができない。

六、以上のしだいであるから、原告の請求は、損害金二一二、一七三円と慰藉料一〇〇万円との合計一、二一二、一七三円およびこれに対し本件訴状送達の後である昭和三七年二月二六日以降右支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度において正当であるから認容すべきであるけれども、これを超える部分は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴九二条の規定を適用し、仮執行の宣言について民訴一九六条一項の規定を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判官 小 川 善 吉

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